TATAMO! トピック topic

八代の大地と水と光、そして人が育むイグサの一年

私たちにとって畳は身近にある素材。でも畳の原料となるイグサがどのように成長しているのか知っている人はどれだけいるだろうか。イグサの苗が160㎝近くまで育つには一年以上かかるそうだ。今回はイグサが成長するまでを追いかけてみたい。

晩秋からイグサの一年が始まる

一つひとつ人の手でイグサの株を切り分け、ポットに植えていく
Photo:園田聖 (ブログ「畳のココロ」2005年10月9日より)
イグサの植え付け風景 Photo:園田聖 (ブログ「畳のココロ」2010年11月22日より)

熊本県南部に広がる八代平野。もともと海だった場所を干拓して誕生した土地と球磨川の豊富な水源に恵まれたこの場所で、イグサは500年以上も前の江戸時代から栽培されてきた。イグサの栽培は稲作と似ているようで違う。稲よりもずっと手が掛かる作物なのだ。イグサ農家では、家族みんなで助け合いながらイグサの成長を見守っている。その様子を今回は紹介したい。

イグサ栽培は9月下旬から本格的に始まる。TATAMO! の畳表を生産している園田聖さんの場合、ポット育苗式栽培を採用しているため、この頃から家族一丸、ときには近所の方も一緒にイグサ苗の株をハサミで切り分けてポットに植えていく。この作業は約3週間、毎朝6時半から22時半まで続けられる。
園田さんがポット育苗式栽培を行っているのには理由がある。通常、成長したイグサの断面は楕円形のものが多いが、ポット栽培を行うことによって断面が丸く育つそうだ。断面の丸いイグサで織ると厚みが増し、よりクッション性に優れた畳表が完成する。そういった園田さんのこだわりが生命力の溢れる「熊本天一表」を生み出しているひとつの要因なのだろう。

11月下旬、いよいよイグサの植え付けが始まる。約30センチほどに成長したイグサ苗を植えやすいように15センチほどに切りそろえる。伸びた根も切って、植え付け用の機械(園田家では稲作絵兼用の機械を使用)にセットし、水を張ったイグサ田に植えていく。気温10℃前後の寒さのなか、家族総出で植え付け作業が行われるのだが、その昔、今より寒さが厳しかった時代には薄氷の張った水田に手でイグサ苗を植えることもあったそうだ。そのお話からもイグサ農家の苦労がうかがえる。
そして、1月に入ると今度はイグサ田の水を抜く。ここから3月まではイグサの成長を地下へうながし、太くて強い根をつくる期間になるのだ。

春の訪れとイグサの成長

一方が100メートル以上あるイグサ田に等間隔に杭木を立てる。この後、イグサの成長に合わせて網を張っていく
Photo:園田聖 (ブログ「畳のココロ」2005年10月11日より)
日光と熱風による被害を防ぐために外周にネットを張る
Photo:園田聖 (ブログ「畳のココロ」2009年5月14日より)

春を迎えるとイグサ農家は一気に慌ただしくなる。まず、4月中旬からイグサの先端を切りそろえる「先刈り」を行う。この作業によっていったんイグサの生育を止めるのだ。それによってイグサは危機感を覚え、子孫を残そうと新たな芽を出す。この新芽がその年の一番良い品質の畳表となる 。
その後、イグサの倒伏を防ぐためにイグサ田に網を張っていく。まずは支柱となる杭木と鋼管の打ち込みを行う。100メートルはあるイグサ田に、何百本という杭木を園田さん夫婦が2〜3時間かけて立て、その後に打ちこむという力仕事を同様の時間をかけて行う。
これが終わるとこの杭木に網を張っていく。イグサをバランスよく収めながら一日がかりで行う。イグサの成長に合わせて網の高さを調整しなくてはいけないため、「網上げ」と呼ばれるこの作業は刈り取り直前まで続く。
さらに刈り取りの40日前(5月下旬)になると、イグサ田の外周にネットを張っていく。これは太陽光やアスファルトの熱からくる熱風によって外側のイグサが赤く焼けてしまうのを防止するために行うそうだ。
こうした作業を繰り返すことによって、イグサ田に適度な風が通り、まんべんなく日光が当たるようになり、長くてしなやかなイグサに育つのだ。

この作業に並行して、先刈り後からは肥料の散布が始まり、さらに4月までは除草剤、4月から5月の間はイグサの新芽を食べてしまうイグサシンムシガに対する殺虫剤の散布もある(園田家では減農薬栽培を実践しているため、国が定める登録農薬を使用して散布回数も少ない)。
しかも、これらの作業は晴れた日しか行えないため、天候の変化を読みながら慎重に計画していかなくてはならないのだ。

刈り取りは日差しとの闘い

刈り入れ直前、イグサ田に張っている網を外していく
青々としたイグサの海原。波を打つイグサを根元からていねいに刈り取っていく

6月下旬、いよいよイグサの刈り取りが始まる。この作業は品種やイグサの成長に合わせて7月半ばまで続く。
まずはイグサ田に張りめぐらされた網と杭木を外してから、イグサ田に刈り取り用の機械を入れる。その風景は一見すると稲刈りにもよく似ているが、稲刈りとちがうのイグサの場合は根元から先端までが大切な素材。そのため稲刈りよりもゆっくりとていねいに刈り取る必要がある。
また、強い日差しと暑さはイグサにダメージを与えてしまうので、作業できる時間帯も限られてしまう。朝は4時から始まり日差しが強い時間帯はいったん中断。夕方5時から日が暮れるまで行うのだ。
この間は畳表を織る作業も停止して、刈り取りに集中する。イグサ農家にとって一年で最も忙しい時期となる。
こうして収穫されたイグサは、泥染めや釜入れ、乾燥といった工程を経て倉庫に運ばれる。
イグサたちは倉庫の中で小さく呼吸をしながら眠り、畳表となる日を待つのだ。

_MG_9244.jpg
子、父、祖父…。刈り取りはイグサ農家にとって大切な行事となる